正しい嘘をついているはずだ。
日々創作活動の傍らで、僕はある接客業をしている。まあ、正しくは接客業の傍らで、自己満足の創作活動をしているに過ぎないのだが。
その接客業も気付けば、もう14年近くやっているらしい。年数を聞くと我ながらに、あまりにぼやっと生きている自分が恐ろしい。
14年近く同じ職場にいれば、僕のような仏頂面の愛想のない男にも馴染みのお客さんが出来る。
お客さんの大半は、既に来たるべく高齢社会が先に来てしまったかのような、これでもかと言う曲者揃いのじいさん、ばあさん達。(親しみを込めてそう呼ばせて貰う)
その中の一人にKさんというばあさんがいる。Kさんは大正生まれ、長崎で原爆をくらいながらも(これは本当の話だ)、耳が遠い以外は元気だ。
僕がKさんの対応をして用事が終わると、「お茶買ってくる〜」と言って近くのコンビニに行く。そしてKさんはいつもキリンの500mlの一番搾り缶ビールを買ってくる。僕はビールはあまり飲まないのだけど、ありがたく頂く。悪いからいらないよ〜とジャスチャーで示すと、Kさんは、
「いいじゃない〜」と言って嬉しそうに、缶ビールを渡してくる。
そのKさんが、警察に補導されてしまった。
正確には、認知症が進んで、少し間違えてしまっただけなのだが、岩みたいな警官達数人に囲まれてパトカーに乗せて連れて行かれてしまった。(認知症のばあさんの対応に、パトカー3台、警官10人はいたかな。まったくテロリストが潜伏してるわけじゃないのだから。)
僕はただの接客業、国家権力に文句は言えても、実際は何も出来ないから遠吠えをするしかなかった。
数日して、少し髪が伸びたKさんが僕の職場に現れた。
「ちょっと田舎に行ってて〜」とKさん。
僕の聞いた話では、近くの老人ホームにしばらく保護されてたはずだが、幸か不幸かその記憶はないようだ。
Kさんは、自分が何をしたいかも分からず、とりあえず僕の職場に来た。救いだったのは、僕の顔は覚えていたようだ。
用を足そうにも、その用がないのだから困ったものだ。Kさんは耳が遠いから(原爆の爆発音で耳をやられたらしい)、コミュニケーションはいつも筆談なのだが、僕は紙に
-そのままで大丈夫だよ-と書いた。
すると、Kさんは
「そう、ありがとうね〜」と言って帰って行った。
混乱する記憶、きっとKさんの中には、いくつものパラレルワールドがあるのだろう。
-そのままで大丈夫だよ-で安心してくれるなら、いくらでも。これは正しい嘘をついているはずだ。