no plan

無計画な日々

「レニングラード・ホテル」奇譚

首藤康之さん、という稀代の表現者が何を勘違いされてか、僕に舞台の作、演出を依頼してきた。2年前のことだ。首藤さんから、①ショスタコーヴィッチのワルツを使うこと、②東欧のホテルを舞台にすること、③ホテル側の人物を演じること、を提案頂いた。

首藤さんという人は、僕のようなケチな小市民には理解し難い一面も多いが、大胆に大局を見極める目は大したものだと思う。ダンサーは動物、というのが僕が常々ダンサーに対して感じていることなのだが、首藤さんもしかりで、凡人が持ち得ない直感を持っているように感じる。

もちろん、この3つの要素だけでは舞台作品は出来ないので、ちまちまと日々アイデアを小市民的に考えていくことになる。

そうして、どうにかこうにか、出来上がった舞台作品が「レニングラード・ホテル」である。もし仮にこの作品に好感を持ってくれた方がいるならば、それは首藤さんをはじめとする出演者とスタッフ一同のおかげなので、彼、彼女たちに惜しみない賛辞を送って頂きたい。

我ながらに中々気苦労もあり初演時は体重が5キロくらい減った。運動量が多くて、とかではなく、ゆっくりと食事をする時間も限られて、また心配事が多くあまり食べる気も起こらず、食べても出てしまうのだった。

苦労した分、思入れも強いからか、この手の作品にはあり得ないペースで再演を重ねることが出来た。3年連続毎年上演するなんて、僕達のようなジャンルの舞台作品では中々ないことなのです。

レニングラード・ホテル」の旅の終点は大分県大分市。首藤さんのご出身の土地であり、首藤さんの演出で僕がクラシックバレエの「ドン・キホーテ」「コッペリア」に出演した土地でもあるので、いわば第二の故郷と勝手に思っている。

旅の終点として、これ以上相応しい土地はない。

拍手喝采の内に気を良く終演を迎え、翌朝宿泊したホテルを後にしようとすると、部屋の清掃をしているホテル従業員の女性に声をかけられた。

「昨日の舞台見ましたよ。ホテルの仕事は実際はあんな気楽なものじゃありませんよ。実際は戦争みたいなもんですよ、片付けても片付けても終わりゃしないし、早くしなきゃ次のお客さんは来ちゃうし、次からはそういうところも舞台に入れて欲しいなって思いながら見てましたよ。」

これぞ生の声。カーテンコールの拍手やSNSの好意見に気を良くしている自分のなんと愚かなことか。しかし、実際にホテルで働く方に見て頂きたいと思っていたので、ありがたいと意見だ。

突然の声に面食らいながら、フロントに向かうとホテルマン達がエメラルドグリーンの見たことのある制服を着ているではないか。

呼び鈴を鳴らすと、やたらと彫りの深い顔立ちの髭を蓄えた男が出てきた。

「この辺りにコインランドリーはあります?」と僕が尋ねると、

「ええ、それでしたらこの通りの突き当たりを右に行って頂いて…」

男の顔は昨日まで見つめ続けてきた、その顔にそっくりだった。

空港までのバスの道すがら、この辺りの人は首藤さんに似た顔立ちの人が多いのだなと感心する。スペインとかポルトガルだか、そんな血が入っているのではないか。

レニングラード・ホテル」さん、多くの気付きを与えてくれてありがとう。そしてさようなら。

f:id:kazuakimaruyama:20190602093340j:image

h1 { /*線の種類(実線) 太さ 色*/ border-bottom: solid 3px black; }