no plan

無計画な日々

ハーマン・メルヴィル著「書写人バートルビー−ウォール街の物語−」を読む

スウィッチ・パブリッシングから刊行されている、柴田元幸さん翻訳のアメリカンマスターピース古典編の中の一編、ハーマン・メルヴィル著「書写人バートルビーウォール街の物語」を読みました。1853年に書かれた短編です。166年も前ってことですね。これが全く古くなくて、とても面白くてあっという間に読んでしまいました。166年も前でも、人が面白がったり、苦しんだりするものは、表層的な違いはあれど、そんなには変わらないのかもしれないですね。自分のじいさんよりも年上の人が書いた短編でも、まるで同時代人が書いたかのようなリアルさがありました。

以下、ネタバレありますので、事前情報なしで読みたい方は是非本編をご堪能した後に以下をお読みください。

物語はある法律事務所の支配人の視線から語られます。事務所には、午前中は機嫌が良いのに午後は不機嫌になってしまうターキー、その逆で午前中は荒れているが午後はご機嫌なニッパーズ、少年奉公人のジンジャー・ナットの三人の使用人が雇われています。使用人達は法務関係書類を書き写す仕事をしています。

ある時、支配人はバートルビーという新たな書写人を雇います。このバートルビー休憩も食事もほどほどに、物静かに書写に没頭します。風変わりで奇妙な人物であるものの、黙々と仕事に打ち込む姿に支配人は好感を抱いていました。

ところが、しばらくして書写した書類を皆で点検する段になると、バートルビーは、それをするのは好ましくないと述べて、仕事を拒否します。バートルビーは、それを皮切りに書写はもとより、点検も、郵便局への使いも全ての仕事を好ましくないと言って避けるようになってしまいます。

支配人はそんなバートルビーの態度に腹を立てながらも、バートルビーにはきっと不遇な身の上があるに違いないと案じて、なんとか彼と和解しようと自らの態度を軟化させます。しかし、うまくはいきません。

まあ、ある日曜日、支配人が誰もいないはずの事務所に立ち寄ると、なんとそこには事務所の片隅の狭いスペースで寝泊まりをするバートルビーの姿があったのです。働きもせず、事務所に寄生するように暮らし、何を言っても好ましくないという妙に説得力のある一言でどんな命令も提案からもひらりと身をかわすバートルビー。支配人はほとほと困り果て…というのが粗筋です。

本来であれば弱者であるはずのバートルビーと雇い主である支配人の力関係が逆転しているのが、なんとも面白く支配人はバートルビーの態度に腹を立てながらも、バートルビーの不遇な境遇を想像しては自分の態度を改めて、バートルビーに接しようとする面倒見の良い好人物、一方のバートルビーは生気のない、希望のある未来を一切感じさせない、もやしのようにただ生きているだけの不思議な人物。

この作品を読んでいて、もうバートルビーがまるで自分のようなんですよね、そして支配人がまるで僕の上司のようなんです。166年以上も前から同じような病を抱えた人物とその面倒を見る人物がいたんですね。時代や国が違っても事情はそう変わらないんですね。

4月から新社会人になった方は立場的には雇われる方が多いでしょうから、バートルビーと同じ身の上になるかと思われるのですが、この作品を読むことで人を雇う側の苦労も想像できるかもしれませんね。そうすることで、会社の中で感じている居心地の悪さも少しは解消するかもしれません。まぁ作中の支配人のような好人物の上司に恵まれない場合もあるかと思いますが。不条理劇のような設定で興味を引きつつ、バートルビーへの対応に困る姿がユーモラスに描写されていてその点も楽しいので是非読んでみてください。

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